200系

●概要
1936年から1942年まで製造された850系・860系・880系を1967年に新性能化し、2000系と同等性能にした車両。2000系などの高加速車両と併結できることから、改造後も約30年、製造からは約60年以上に渡って使用された。8000系導入により2000年に引退したが、201号+251号とは202号+252号は救援車兼牽引車に改造され、現在も西宮工場に配置されている。
●諸元
形式 200(Mc)、250(Mc')、
編成 2両編成
在籍数 2本
製造 1936年〜1942年
改造 1967年
営業最高速度 110km/h
設計最高速度 110km/h
起動加速度 4.0km/h/s
減速度 4.5km/h/s(常用最大)
          5.0km/h/s(非常)
最大寸法 長さ 18880mm
             幅 2800mm
             高さ 4067mm
車体材質 半鋼製
主電動機 直流直巻電動機
             TDK814-A
出力 110kW×4基/両
駆動装置 中空軸平行カルダン
制御装置 電動カム軸式直並列制御
台車 金属バネ台車
制動装置 電磁直通電空併用抑速式
保安装置 阪神・山陽・阪急型ATS
●配置区所
西宮工場
●運用範囲 
無し

1967年、2000系と併結できるようにする為に850系・860系・880系から改造された。
当時、2000系の新造投入が進んでいたが、各駅停車を全て新性能化するまでには至っておらず、依然として800系や830系、850系、860系、880系、900系、920系といった一般性能車が主力となっていた。この為、急行運転はしていたものの、あまりスピードアップをできずにいた。そこで、これら旧性能車のうち車歴の若い850系・860系・880系の一部車両の台車・機器類を2000系と同一のものに改造することで2000系と併結できるようにし、高加速車両のスジで走れるようにした。それが200系である。
車体は種車をベースとしたが、側窓をアルミサッシに変更し、前面窓もガラス支持をアルミに変更した。下回りは台車を金属バネ台車とし、主電動機を110kWのものに換装した。制御器等も2000系と同一のものにした。ブレーキ装置も電磁直通ブレーキ・発電ブレーキ付きを採用し、2000系と併結できるようにした。種車の奇数車を200形、偶数車を250形に改番した。組成は200形(Mc)+250形(Mc')の2両固定編成とし、パンタグラフは200形のみに残し、250形のパンタグラフは撤去した。
1967年から営業運転開始した。850系・860系・880系の2両編成計6本を改造した。運用方法は2000系と混用し、2両固定で上り方・下り方両方に先頭に立つことのできる200系はかなり重宝された。
その後、1200系や3200系が導入されると、それらとも混用されることになり、6両編成化した時には3形式混結となることもあった。
1985年からは冷房改造が施工された。吊り掛け駆動車は冷房改造の対象外としていたが、200系はカルダン駆動に改造している為、改造対象となった。冷房は2000系に設置しているものと同一のものである。
1997年から、8000系による置き換えが始まった。2000系投入段階では、当系列は置き換えられることはなかったが、この時点で製造後60年が経過しており、老朽化が著しく進行し、早急な置き換えを必要とした。又、2000系が全編成揃った段階で編成の6両固定編成化が完了しており、200系は200系のみで編成を組むようになっていたことから、あえて200系を残す必要性も無くなったことが置き換える要因となった。この時点では6両編成2本を組んでいたが、1997年に6両編成1本が廃車、そして2000年に最後の1編成が運用離脱し、200系による営業運転は終了した。
運行終了後、大半の車両が廃車となったが、トップナンバーである201+251とセカンドナンバーである202+252は電動貨車に改造されることになった。主な改造内容は250形は座席などを撤去し、クレーンなどの復旧機材を詰め込んだことである。200形は作業員の詰所として使用する為、車内設備はそのままとされた。外観に4両とも変化は無い。
2000年4月、京阪神都市整備公社は関西都市高速鉄道に移管し、200系4両も引き継がれた。
2018年現在、2両編成2本が西宮工場に在籍しており、救援車・牽引車として西宮工場に配置している。