3000系

●概要
1967年に池田線用として導入された車両。1993年まで製造された。短編成での運行を可能とし、一段下降窓を採用するなど改良が加えられている。現在は宝塚線・有馬線・神戸線各駅停車・西宮線・奈良線・環状線で運行しているが、回生ブレーキを装備しておらず、性能も低速向けであることから廃車が進んでいる。
●諸元
形式 3000(Mc)、3050(Mc')、
       3060(Mc)、3100(M')、
       3600(Tc)
編成 3両編成
製造 1967年〜1993年
営業最高速度 110km/h
設計最高速度 110km/h
起動加速度 2.8km/h/s
               (神戸線用は3.5km/h/s)
減速度 4.5km/h/s(常用最大)
          5.0km/h/s(非常)
最大寸法 長さ 19000mm(先頭車)
                    18880mm(中間車)
             幅 2800mm
             高さ 4067mm
車体材質 オールステンレス
主電動機 直流複巻電動機
             TDK-813-B
出力 110kW×4基/両
駆動装置 中空軸平行カルダン
制御装置 界磁抵抗制御
台車 Sミンデン
制動装置 電磁直通ブレーキ
保安装置 阪神・山陽・阪急型ATS
●配置区所
西宮工場
池田検車場
花園検車場
●運用範囲 
神戸線(天王寺ー神戸)
姫路線(神戸ー須磨)
京都線(万博記念公園ー江坂山)
西宮線(江坂山ー今津)
宝塚線(梅田ー宝塚)
有馬線(宝塚ー有馬温泉)
宇治線(宇治ー梅田)
和歌山線(難波ー天王寺)
奈良線(奈良ー日本橋)
環状線(日本橋ー日本橋)

1967年、池田線(現在の宝塚線)開業用として製造された。

名神本線の延伸開業に関しては1500系や2000系を増備していたが、宝塚線に関しては新たに新型車両を設計することにした。というのも1500系はMT比1:1で経済的ではあるが、極端にコストダウンした設計となっている為どうしても平行して走る阪急と見比べた時に見劣りしてしまい、2000系では性能が過剰で最短で4両編成と池田線には向かなかったことから既存車の増備は見送られた。こうした中で設計されたのが3000系である。
3000系は19m・3扉とこれまでの車両の規格を踏襲しており、2000系に引き続きオールステンレス製となった。前面はくの字形になっており、同時期に製造された東急7200系をベースとしたものになっている。又、2000系とは異なりガラス支持にはHゴムを利用し、コストダウンを図っている。前面には貫通幌の台座を設け、増解結にも対応した。側面は2000系をベースとしたが、側窓がバランサー付きの一段下降窓となった。屋根には2000系に引き続きラインデリアを装備した。車内はオールロングシートとなっており、扉は化粧板仕上げとなった。化粧板は白系でシートモケットは茶色である。下回りは引き続き抵抗制御となっているが、台車がこれまでの金属バネからSミンデンに変更されている。
1967年の池田線池田ー梅田ー難波ー梅田開業と同時に営業開始。当初は3000形-3100形-3600形の3両編成で製造され、15本が製造された。当時は宝塚線の全列車に充当し、普通から急行まで幅広く使用された。
1970年に3両編成4本が追加投入された。しかし、1972年にはこのグループは下回りが2000系と同等のものに換装され、3200系となった。これは、名神本線各駅停車の増発の為である。これにより、末尾16〜19が欠番となったが、これは1975年の製造車で2代目として製造されている。
1975年、池田線宝塚ー西宮山口開業に合わせて3000系が18本増備された。この時期になると、既存区間の列車は3両編成を2本併結した6両編成で運行されるようになり、新線直通列車に関しては宝塚で増解結を行い、宝塚以東では6両編成、以西では3両編成で運行されるようになった。
1981年、運転系統の変更により、池田線が有馬線・宝塚線・環状線に再編されてからは、環状線に直通しなくなった。
1982年からは冷房改造が行われた。冷房装置は1両あたり3基搭載され、クーラーキセ・冷凍能力共に阪急と同じものとなったが、2000系とは異なりスイープファンを装備したものとなった。この為、2000系では3基が均等に並んでいたのが3000系などのスイープファン搭載車では3基が中央に寄せ集められている。
1986年、神戸線の普通系車両の増備に対応する為に宝塚線の3000系が3両編成10本が神戸線に転属した。3000系を神戸線で走らせるにあたってはオールMにする必要がある為、まず3000形(Mc)-3100形(M')-3600形(Tc)-3000形(Mc)-3100形(M')-3600形(Tc)のうち3600形を脱車し、3000形(Mc)-3100形(M')-3000形(Mc)-3100形(M')を組成し、そこに電装改造した3600形改め3060形(Mc)-3050形(Mc')を増結した。3600形の電装改造は、3000系自体がMM'ユニットで編成を組む系列である為、3600形を2両でユニットを組み、それぞれをM車とM'車に改造することにした。パンタグラフを付け中間車となる形式を3060形とし、制御車となる形式を3050形とした。尚、種車の3600形が下り方先頭車であり、この改造に際しては方転を行わなかった為、MM'ユニットでユニット間に3060形の運転台がくるという全国的に見ても珍しい事例が生じている。又、3060形の運転台は使用することは無いが、ステンレスは加工が難しい為、そのまま存置されることになった。
1992年から1993年にかけて宝塚線の輸送力増強の為に4両編成6本を製造した。この時既に公社では7000系を増備していたが、当時はまだ宝塚線の地上設備がVVVFインバータ制御に対応しておらず、その先代の6000系は高速向けの性能であった為、3000系を製造した。このグループでは製造方法が変わり、車体は東急車両製だが、艤装はアルナ工機で行われた。又、このグループでは、車内が6000系・7000系並みとなり、更に補助電源装置がSIVとなった。尚、1994年には宝塚線の変電所増強も完了し、VVVFインバータ制御車の入線が可能となった為、同年以降の宝塚線投入車は7000系となっている。
1997年からは3000系に対しても車体更新工事が施工されることになった。主な改造内容は化粧板張り替え、車内LED案内表示器の設置などであり、アルナ工機で施工された。尚、この工事は宝塚線所属車の初期車・中期車のみに対して行われた為、神戸線所属車と後期車は未更新のままとなった。
2000年、京阪神都市開発交通公社は完全民営化され関西都市高速鉄道となり、3000系も全車関西都市高速鉄道に移管された。
2010年、未更新のままであった3000系後期車に対してもリニューアル工事を行った。主な改造内容は塗装変更、化粧板張り替え、座席のバケットシート化、車内LCD取り付けなどである。2011年からは宝塚線の初期車にリニューアル工事を実施。化粧板貼り替え、ドアチャイム設置、ドア開閉ランプ設置、LCD設置、床敷物の貼り替え、座席モケットの貼り替え、クーラーキセのステンレス化が行われている。この工事はアルナ車両で行われ、2015年には完了した。
2015年より、神戸線に11000系を投入した影響により3000系4本が運用離脱し、1本が廃車になったが、残りの2本は桜島工場で抑速ブレーキ取り付け改造・地原急行相直対応工事が行われ、奈良線に転属した。尚、塗装は変更されたが、延命工事は行われなかった為、原型は未だに保っている。
2016年からは、宝塚線所属車に対してLCDの設置されていない方の扉上にパッとビジョンの設置が施工されている。
2018年より、神戸線と奈良線の3000系に対してもリニューアル工事を施工することにした。これは、車両計画の変更に伴うもので、基本的にオールステンレス車は今後も継続して使用する方針とした為である。工事の内容は化粧板貼り替え、ドアチャイム設置、ドア開閉ランプ設置、LCD及びパッとビジョンの設置、床敷物の貼り替え、座席モケットの貼り替え、使用しない運転台の撤去(Mc→Mo)などである。
2018年現在、西宮工場に6両編成1本、池田検車場に6両編成8本、花園検車場に6両編成2本が在籍している。