5000系

●概要
1968年に名神本線急行用として導入された車両。1986年まで約18年にわたって製造された。万博輸送の為に短期間で大量生産したため徹底的なコストダウンがされ、初期車はセミステンレス車体である。初期車は構造上冷房改造が困難出会った為廃車され、現在は後期車のみが残存し、神戸線で運行している。
●諸元
形式 5000(Mc)、5100(M')、
       5200(M)、5300(M')、
       5600(Tc)、5700(T)
編成 6両編成
製造 1968年〜1986年
営業最高速度 110km/h
設計最高速度 110km/h
起動加速度 3.3km/h/s
減速度 4.5km/h/s(常用最大)
          5.0km/h/s(非常)
最大寸法 長さ 18880mm
             幅 2800mm
             高さ 4067mm
車体材質 オールステンレス
主電動機 直流直巻電動機
             TDK-831-B
出力 110kW×4基/両
駆動装置 中空軸平行カルダン
制御装置 抵抗制御
台車 パイオニア台車(初期車)
       Sミンデン(後期車)
制動装置 電磁直通ブレーキ
保安装置 阪神・山陽・阪急型ATS
●配置区所
甲子園車庫
●運用範囲
神戸線(日本橋筋ー神戸)
姫路線(神戸ー姫路)
宇治線(修学院ー梅田)

1968年、名神本線の輸送力増強の為に製造された。

名神本線は1959年に山科ー京都開業、1964年に京都ー西宮開業が完了しており、1000系や1500系が運行されていたが、名神本線は大阪万博の会場付近を通ることから、その付近に駅を設置し、万博輸送を担うことになっていた。その為、混雑も当然見込まれる為車両の大量投入が必要とされた。従来の1500系を増備する計画もあったが、京都線に急行を新設することになっていた為、より高性能な車両を必要とした。しかし、2000系では製造費が高価となり、大量増備には向かなかった。そこで、万博輸送用としての車両を設計することになった。こうして登場したのが5000系である。
5000系は基本的には3000系をベースとしたものの、短期で大量生産をするために東急車両以外でも製造できるように車体材質をスキンステンレスとし、3000系のダイヤモンドカットをやめ切妻としている。前面デザインは東急8000系をベースとしたシンプルなものとし、側面は3000系をベースとした。車内は3000系をベースとしつつも、蛍光灯カバーを廃止し、扉はステンレス剥き出しとなった。扉窓のガラス支持にはHゴムを使用した。下回りは高加速性能を維持する為電動車の比率が高くとられ、加速度3.0以上とした。台車はパイオニア台車を装備した。
1968年から製造が始まり、1970年までに5両編成56本280両が短期間で製造された。これは、万博輸送の為の増備と名神本線西宮ー神戸開業を目的としたものである。組成は5000形(Mc)-5100形(M')-5200形(M)-5300形(M')-5600(Tc')である。
1973年から1981年にかけて輸送力増強の為に6両編成10本が製造された。このグループでは、車体の材質がオールステンレスとなり、台車もSミンデンとなるなど大幅な見直しが行われた。更に、1975年製からは冷房装置を搭載した。冷房は阪急と同じ10500kcal/hのものを3基搭載したが、Mc車とM車についてはパンタグラフ増設を考慮して冷房装置を中央に寄せられた。これは、この後登場する4000系や6000系なども同様である。
1979年から既存編成の6両編成化が行われた。この時に新たに5700形(T)が製造された。この5700形は非冷房で落成した。
1986年、輸送力増強の為に6両編成3本が製造された。基本的な構造は変わらない。
1991年、5000系初期車に対して冷房改造を実施した。この時点で5000系は登場後20年以上が経ち、更にこのうち大半を占める初期車が未だ非冷房のままで、早急に冷房化する必要があった。しかし、5000系は他系列が冷房改造される中、当系列は構造上冷房改造が困難であり、冷房改造するには台車の交換が必須であったが、数が膨大であり多大な費用が必要となった。そこで、一般的な冷房装置ではなく、床置式の簡易冷房を搭載することにより、冷房化にかかるコストを大幅に削減した。この改造は1997年まで行われ、非冷房車全車に施工された。
1993年から1996年にかけて6両編成化が行われたが、既存車の組み替えで行われることになった。具体的には、5両編成69本あるうち、11本をバラし、5700形(T)に改番するというもの。先頭車である5000形(Mc)や5600形(Tc)も5700形(T)に改造され、中間車に組み込まれたが、運転台は存置された。残りの3両は神戸線の3000系に組み込まれ、3000系3150形(M')となり、3000系に編入された。これにより不足する分は1500系をかき集めることで補った。
1996年からは京都線に8000系が投入されることになり、6両編成13本が置き換えられた。
2000年、京阪神都市開発交通公社が民営化した為、関西都市高速鉄道に継承された。
2003年には8000系が6両編成5本投入されたが、この時置き換えられたのは1500系であった為、本系列に廃車は発生しなかった。しかし、この頃ステッカー類の更新などを進めていたが、5000系に関しては一切手付かずとなっており、公社時代のままの姿をとどめていた。
2004年から2005年にかけて8500系投入の影響により、和歌山線の1500系が京都線に転属。6両編成23本が置き換えられた。この時、経年の浅かった5700形は桜島工場に疎開され、他の車両は廃車された。
2006年、9000系がデビューし、5000系の本格的な置き換えが始まった。5000系はセミステンレス車である為骨組みの鋼製部分の腐食も進んでおり、無理な冷房改造の影響で老朽化が著しく進行していた。そこで、5000系を全て新型車両に置き換えることにした。9000系が投入されると、まず初期車は検査切れ順に廃車が進行した。車齢の若かった5700形は廃車されず、VVVF化・一部先頭車化改造の上、姫路線に転属した。改造に合わせて改番も実施され、4200系となっている。オールステンレス製の後期車は状態が良好であった為、神戸線に転属し、同線の1500系を置き換えた。
2015年からは更新工事を実施。内容はドアチャイム設置、ドア開閉ランプ設置、LCD設置、床敷物の貼り替え、座席モケットの貼り替え、クーラーキセのステンレス化などである。この工事は現在も進行中である。
2018年現在、5000系は6両編成13本が神戸線で運行している。