950系

●概要
1976年、名神本線の増結用として地原急行電鉄モハ50形を譲受し、2両ユニット化・新性能化を行ったもの。1981年からは冷房化が行われ、1984年からは腐食防止対策として外板のステンレス化が行われた。当初は名神本線(→京都線・西宮線)で運行していたが、その後、和歌山線、大阪線・北港通線、宇治線末端区間運用、有馬線と転々とし、現在は奈良線で運行している。
●諸元
形式 950(Mc)
編成 2両編成
製造 1958年
営業最高速度 110km/h
設計最高速度 110km/h
起動加速度 2.5km/h/s
減速度 4.0km/h/s
最大寸法 長さ 18880mm
             幅 2800mm
             高さ 4067mm
車体材質 セミステンレス
主電動機 かご型誘導電動機
             TDK-6125-B
出力 150kW×4基/両
駆動装置 WNドライブ
制御装置 VVVFインバータ制御
台車 軸梁式ダイレクトマウント空気ばね台車
制動装置 電磁直通ブレーキ
保安装置 阪神・山陽・阪急型ATS
●配置区所
花園検車場
●運用範囲 
奈良線(奈良ー日本橋)
環状線(日本橋ー日本橋)
地原急行本線(奈良ー森崎)
地原急行佳野線(地原中央ー佳野)

1976年、地原急行電鉄からモハ50形を譲受した。
当時の公社線は名神本線の急行は4〜5両運転を行っていたが、京神アクセスの需要が高まり、ラッシュ時には6両編成で運行する必要があった。そこで、ラッシュ時の増結用として車両を増備することにした。
しかし、広範囲に路線を保有する京阪神都市整備公社では新造車で揃えるのは予算面で厳しかった。そこで、類似した規格である地原急行電鉄モハ50形を譲受し、これに対応することにした。このモハ50形は1958年製と製造後20年経過しておらず、状態も良好であった為この車両を導入することにした。
車体は地原急行時代のままとしたが、クハ90の撤去されていた運転台を復活させ2両編成化し、モハ60に関しては2両固定編成化し、連結面の運転台は撤去、先頭に立つ面に運転台を取り付けた。更に、下回りは新性能化し、2000系と同等の機器を取り付け、ブレーキ装置は電磁直通ブレーキとし他系列との併結を可能とした。これらの工事は地原急行電鉄染野工場で施工した。尚、改造当初は旧性能車と同じ茶色単色であったが、営業運転開始後に淡い緑に茶色帯の新性能色に変更された。
1976年に2両編成12本が公社線に入線し、全車吹田検車場に配置された。主に名神本線の急行運用に就いた。
1981年の運転系統の変更に伴い、950系は京都線と西宮線で運用することになり、西宮以西から撤退すると共に梅田・天王寺乗り入れが始まった。
1981年、950系に対して冷房改造を施工した。冷房は阪急などと同等の10800kcal/hのものを3基搭載し、更にスイープファンを装備した。この時、元モハ60の改造車は冷房改造されず、1983年に廃車となった。
1984年からは大規模更新工事を施工した。主な内容は外板のステンレス化、尾灯の移設、方向幕設置などである。これは、京都線に5000系冷房車を投入した影響により950系を和歌山線に転属させることになり、和歌山線では海沿いを走ることから塩害による腐食の対策として施工したもの。外板をステンレスにした為外観が大きく変わり、これまで塗装してあったのが無塗装の銀色となった。この既存車両の外板のステンレス化は全国的に見ても珍しく、旅客車では日本唯一のものである。この時に和歌山線に転属し、和歌山線の630系を置き換えた。
その後、和歌山線にも7000系が投入されると次は大阪線に転属した。これは、大阪線に残っていた900系などの鋼製車の置き換えの為であり、この950系を投入したことにより桜島工場所属車の無塗装化が完了した。しかし、ここでも活躍は長くは続かず、1997年に姫路線に転属した。
姫路線転属に際しては、台車・主電動機・制御機器の更新が行われた。これは、VVVFインバータ制御化の試作を目的としたもので、台車をこれまでのペデスタル式コイルばね台車から軸梁式ダイレクトマウント空気ばね台車に、主電動機を交流モーターに、制御機器をGTOサイリスタ素子VVVFインバータ制御にそれぞれ換装した。このVVVFインバータ制御化は当初抵抗制御車の大半で計画されていたが、コストが大幅にかかることからこの950系のみで終了し、このVVVFインバータ制御化改造は民営化後の4200系を待つことになった。
2000年4月、京阪神都市整備公社は民営化により関西都市高速鉄道に移管し、950系も残存していた2両編成8本が継承された。
姫路線での活躍がしばらく続いたが、2002年には4200系投入により四宮車庫に転属となった。四宮車庫にはこの当時1000系が残っており、直角カルダンの置き換えとして転属したもの。950系が選ばれたのは、2両編成を組成できる車両が950系しかいなかった為である。
2007年、四宮車庫に500系(2代)を投入した影響により、次は2両編成6本が奈良線、2両編成2本が有馬線に転属した。奈良線に転属した方は1500系初期車を置き換え、性能の向上を図った。有馬線に転属したのは、列車増発の社会実験の為であり、この実験が終わり次第廃車を予定していた。
2008年、車両に対して青と白の新塗装が採用されることになり、950系も全車この新塗装へと塗装変更した。
2011年、有馬線の社会実験が終了し、950系が余剰となった為、2両編成で運行できる特徴を生かして救援車に改造した。
2018年、地原急行電鉄との相互直通の為、奈良線の950系に対して電気連結器設置工事が施工され、塗装が緑系のものに変更された。更に、救援車に改造されていた2両編成2本についても再び旅客車設備を復活させて奈良線に転属、電気連結器の設置と塗装変更を実施した。
2018年現在、花園検車場に2両編成8本が在籍しており、奈良線と環状線で運行している。